Andor製品技術資料

5:測定例

このページでは、ナノ秒オーダーの時間分解測定が可能なICCDについてご説明いたします。

5-1.光格子時計|理化学研究所 香取量子計測研究室

光格子時計による18桁の時間計測。光格子時計の開発に使用されているEMCCD検出器による水銀原子の微弱散乱光の観測例を紹介。

光格子時計

現在の国際単位系(SI)における1秒は、1967年よりセシウム原子の遷移(共鳴周波数:約9.2 GHz)で定義され、現在、およそ15桁の精度で全世界で共有されています。さらなる精度向上にむけて、2001年に東京大学香取研究室で光格子時計が考案され、その後実験的に実証され、2006年には次世代の秒の定義の候補である「秒の二次表現」に採択されました。2015年現在、理化学研究所/東京大学で開発されたストロンチウム原子を用いた光格子時計は18桁精度を実現しています。

 

光格子時計が実現する18桁の時間計測では、重力の大きさの違いによる時計の進みの違いを高感度に検出します。例えば、時計を置く高さが1 cm上げると時間が進み、また人が歩く速さで時計を動かせば時計が遅れるのを、観測することが可能になります。すなわち、光格子時計は時間合わせの道具ではなく、曲がった時空を照らし出すプローブの役割を担うことになります。このような新しい計測への応用も期待されています。

香取研究室では、ストロンチウム光格子時計だけでなく、イッテルビウム原子、水銀原子を用いた光格子時計の開発も進められています。異なる原子を用いた高精度な光格子時計間の時間の進みの比較によって、定数は本当に定数なのか?といった基礎科学の根底に関わることの検証にも用いることができます。
この光格子時計の開発にAndor Technology社のEMCCD検出器「iXon」シリーズが採用されています。複数台あるiXonの一部では取扱いの観点から標準ハウジングモデルではなく、写真にあるような直方体形状をした特別モデルが採用されています。

例:水銀光格子時計

使用EMCCD: DU897 (UVBセンサー)
写真の装置は「水銀光格子時計」という光格子時計の装置の一部になります。超高真空中(写真中央の真空槽)を漂う水銀蒸気を波長254 nmのレーザー光で50 K程度にレーザー冷却し、魔法波長という光格子時計のキーになる波長のレーザー(水銀の場合363 nm)で原子をトラップし、時計遷移周波数である波長266 nmの遷移の分光を行います。水銀原子の観測に、波長254 nmのレーザーを照射した際の微弱な散乱光をEMCCDで観測します。観測時間分解能は、100μ秒程度と短く、また観測波長が深紫外光であることから、紫外領域に高感度かつ電子増倍が可能なEMCCDが最適ツールとして使用されています。

図:波長254nmの光で水銀原子の磁気光学トラップを行った際の散乱光を真空窓越しにEMCCDで観測したときの様子。

(関連)東京大学 香取研究室Webページへのリンク

5-2.X線CCDを搭載した空間分解EUV分光器

核融合研究における重要なテーマとして、プラズマ内の不純物の振る舞い(輸送)の研究が挙げられます。これは、不純物および不純物輸送がプラズマに対して影響を与えるためです。不純物を測定するために分光法が使われていますが、特に高温プラズマにおいては波長15-360Aの範囲で測定することが重要だといわれています。
そこで、核融合科学研究所では測定波長範囲60-400Åで、かつ空間分解が高いEUV分光器が開発されています。

この空間分解EUV分光器は大型ヘリカル装置(Large Helical Device, LHD)に取り付けられ、プラズマ中の不純物分布などの測定に利用されています。 分光器の構成は図1に示す斜入射分光器で、金コーティングのホログラフィック凹面回折格子を搭載することで、多次光除去と200A以下の効率が向上しています。そして、検出器にはAndor Technology社製X線CCD検出器が採用されています。

DU420-BN
背面照射型CCD
1024*255ピクセル
26.6-6.6mm2
最大冷却温度 -70度

センサーを冷却することで暗電流を除去することができ、本分光器では-20度程度に設定して使用しています。 また、研究目的を達成するためにいくつかのCCD使用方法が提案されています。

広い空間範囲のスペクトル分布の測定

このCCDは横長のセンサーで、通常は一度に広い範囲のスペクトルを測定できるように長手方向(26.6mm)がスペクトル情報になるように使用します。しかし、本分光器ではプラズマ内のスペクトル空間分布を一度に広く測定するために長手方向が位置情報になるように、検出器を90度回転させて使用しています。

一度に測定できる波長範囲は通常の四分の1と狭くなってしまいますが、逆に空間範囲は4倍広く測定することができます。このCCD配置と分光器の構成(図1)によって、図2のように50cmの縦方向ライン上のスペクトルを測定することが可能です。

図2 EUV分光器による分光イメージ (縦方向:波長、横方向:空間座標)

測定間隔の短縮

不純物の時間的振る舞いを測定するためには、測定間隔をできる限り短くする必要があります。測定間隔は露光時間と読み出し時間の和で、露光時間は任意の時間に設定できますが、読み出し時間は読み出し速度などで決定される時間です。 通常、読み出し速度が1MHzとすると、1枚のフルイメージを取得するには265.2ミリ秒かかります。

なお、読み出し時間は下記の計算式で求めることができます。
読み出し時間 = 読み出し速度(μsec) × 総画素数(pix) + 縦方向転送速度 (μsec) × 縦画素数

より高速に測定するためには、イメージ取得範囲を限定するかビニング(間引き)をする必要があります。例えばビニング処理をするとその分読み出し時間が短くなります。

読み出し時間 = 読み出し速度(μsec) × 総画素数(pix) / 横ビニング(pix)
+ 縦方向転送速度 (μsec) × 縦画素数(pix) / 縦ビニング (pix)

ビニングと読み出し時間の関係は図3のグラフのようになります。グラフから明らかなように、横方向ビニング(Z)は読み出し時間にほとんど関係しないので横方向ビニングをする必要性はなく、縦方向ビニング(X)のみおこなえばよいことがわかります。

ビニングと読み出し速度の関係

縦方向をビニングすると、通常のイメージ分光測定ではイメージ分解能が低下しますが、本分光器では検出器を90度回転させて使用しているので、イメージ分解能ではなく波長分解能が低下することになります。

図4は横方向ビニング=5、縦方向ビニングが5、10、30のときのC Ⅳ (384Å)発光の空間分光イメージです。縦方向分解能が低下していることがわかります。

図4 ビニングによるEUV分光イメージ像

また、イメージのラインプロファイルが図5になります。縦方向のビニング(X)によって波長分解能は低下していますが、空間分解能は低下していないことがわかります。LHDでのEUV分光では主に炭素と鉄イオンを測定し、そのスペクトルラインは互いに離れています。よって縦ビニングを5に設定しても必要な波長分解能が得られます。

図5 縦ビニングによる波長、空間分解能の変化

この分光器を使用したプラズマ測定例を図6に示します。横軸がプラズマの位置、縦軸が強度です。炭素および鉄イオンの発光スペクトルの位置がそれぞれ異なっていることがわかります。

図6 EUV分光によるプラズマの炭素および鉄イオンのスペクトル

出典) Chunfeng Dong, Shigeru Morita, Motoshi Goto, and Hangyu Zhou, "Space-resolved extreme ultraviolet spectrometer for impurity emission profile measurement in Large Helical Device", Review of Scientific Instruments 81, 033107(2010)

5-3.EMCCDによるラマン散乱の高速マッピング|東京インスツルメンツ

EMCCDによる高速マッピング 顕微ラマン装置Nanofinderによる高速マッピング測定。通常のCCDモードとEMCCDモードを比較し、微弱光の高速測定においてEMCCDの有効性を検証。

EMCCDによるラマン散乱の高速マッピング

 ラマン散乱のような微弱光を測定する場合、長時間露光で光量を稼ぎ、また読み出し速度を遅くして読み出しノイズを低く抑える方法が一般的です。しかし、高速な時間変化を捉えたい場合や、数千、数万点のマッピング測定をおこなう場合、短時間露光かつ高速な読み出しが必要になります。しかし、この方法では微弱光をSN良く測定することはできません。ここで、微弱光の高速測定に有効なEMCCDが威力を発揮します。
 ここでは、測定例として東京インスツルメンツ社の共焦点顕微ラマン装置Nanofinder FLEXによる高速マッピングを紹介します。Nanofinderはサンプルを走査するXYステージとEMCCDを同期制御することで、非常に高速なラマン散乱のマッピング測定を可能としています。

まず、下図に通常のCCDモード(Conventional mode)による測定結果を示します。サンプルはシリコン(Si)に酸化シリコン(SiO2)が埋め込まれた構造で、それぞれラマン散乱の強度が異なります。測定条件は最短測定時間、高速読み出し速度(AD速度=2.5MHz)、最高感度になるよう設定し、測定点数は100×100点です。
2次のラマンスペクトル強度によるマッピング画像を見ると、SiとSiO2の境界が曖昧で、またSiO2部のSNも良くありません。実際、スペクトルを見ると読み出しノイズに埋もれています。

 

次に、下図にEMCCDモードによる測定結果を示します。比較のため測定条件は前述のConventionalモードに準じていますが(最短露光時間、AD速度=2.5MHz)、EMゲインによる信号増倍をしています。マッピング画像を見ると、SiとSiO2の境界がはっきりとし、全体的にSNが良くなっていることがわかります。

 

下図のように上記の2つの結果を比較すると、EMCCDの信号増幅によって、シリコンの2次のラマンスペクトルがSN良く測定できていることがわかります。このように、高速な読み出しを必要とする微弱光測定においてSNの良い測定をおこなうことが可能です。また、Andor Technology社のEMCCDは、EMモードだけではなくConventionalモードも搭載しているため、用途に合わせて柔軟に使用することができます。