Andor製品技術資料

1:高感度CCD検出器

このページでは、Andor製品の微弱光測定に必要な暗電流や量子効率、読み出しノイズなどについてご説明いたします。

1-1.微弱光測定

CCDセンサーはデジタルカメラなどで使用されている固体撮像素子で、広く利用されています。また、理化学研究においても高感度な画像検出器として利用されています。例えば蛍光観察の場合は、蛍光が微弱な場合が多く、そのため高感度かつ低ノイズな検出器が必要になります。また、蛍光寿命のような非常に短時間で変化する現象を捉える場合は、高感度なCCD検出器に高速なシャッター機構を設けたカメラが利用されています。
このような最先端の研究・開発において、Andor Technology社の高感度冷却CCD、EMCCD、ICCD検出器は、極微弱光の分光・画像測定で多くの実績があります。
CCDの性能を評価するにあたって、いくつか抑えておくべき項目がありますが、ここでは微弱光測定において重要な項目を紹介します。

量子効率(QE)

検出器に入射した光(フォトン)は、光電変換によって電子に変換されます。このとき、入射フォトン数に対して、発生した電子の数の比を量子効率(QE)と言います。

例えば、100個の入射フォトンに対して、80個の電子が発生する場合、量子効率は80%になります。量子効率が100%に近づくほど理想的な検出器と言えます。量子効率が高いほど高感度な検出器であると言えます。量子効率が低下する要因は、検出器に使用されている材料の光吸収率や反射率、電極の有無などが挙げられます。量子効率は波長ごと、検出器の種類ごとに異なるため、測定光の波長に合った検出器を選択する必要があります。

暗電流(ダークノイズ)

暗電流(ダークノイズ)とは、信号とは関係なく露光中に蓄積されてしまう信号のことで、露光時間に比例して増加します。微弱光を長時間露光で測定する場合、測定信号が暗電流に埋もれてしまい、SNの良い測定ができなくなります。そのため、微弱光測定では暗電流を可能な限り除去する必要があります。 カタログでは、暗電流は単位時間、1画素あたりに発生する電荷の下図(エレクトロン)で表します。例えば、1.0 e-/pixel/secondの暗電流の場合、10秒間露光すると10e-の暗電流が検出されます。

読み出しノイズ

CCD検出器は受光面で光電変換された電荷に比例した電圧を読み出して使用しますが、この時に発生するランダムノイズ(ホワイトノイズ)を読み出しノイズと言います。カタログには、読み出しで発生するノイズ量を電荷の数(エレクトロン)で表します。微弱光を測定する場合、読み出しノイズは可能な限り低いことが望ましく、読み出し速度を低速にすることで数エレクトロン程度の低ノイズで読み出すことが可能です。

ショットノイズ

CCD検出器に光を入射すると、入射光に比例した信号が得られます。しかし、信号強度の平方根分だけランダムノイズが発生します。このノイズをショットノイズと言います。入射光強度が強いと相対的にショットノイズは小さくなりますが、入射光強度が弱いとショットノイズは無視できなくなります。ショットノイズが測定上、問題になる場合は、同じデータを何回も測定する積算測定によって軽減する必要があります。例えば、N回積算すると、N^0.5だけSN比が良くなります。

入射光とノイズの関係

CCD検出器で測定をすると、例えば下図のイラストのような測定結果が得られます。 まず、ベースラインと呼ばれるオフセットが存在します。ベースライン自体はノイズではなく一定であるため、バックグラウンド(背景光)除去で消すことができます。 ある露光時間で測定すると、暗電流によるノイズがベースラインに加わります。暗電流によるオフセットは、ベースラインと同様にバックグラウンド除去で除去できます。しかし、暗電流に伴うランダムノイズ(後述)までは除去することができません。また、電荷読み出しに伴う読み出しノイズも加わります。 センサーに光が入射すると、入射光に比例した信号が得られます。この信号は量子効率が高いほど大きくなります。また、強度の平方根分のショットノイズが発生します。

これらノイズの影響を加味した信号対ノイズ比(SN比)は、下記の式で表されます。この式からわかるように、SNの良い測定をするためには、量子効率が高く、暗電流および読み出しノイズが小さい検出器を選択する必要があります。

Andor Technology社の冷却CCD検出器を使用した場合のSN比の一例を下図に示します。これは、横軸が入射フォトン数、縦軸がSN比を表しています。図から明かなように、入射フォトン数が少ないと理想値(IDEAL)と比較してSNは高くありません。これは、微弱な暗電流や読み出しノイズが原因で、一般的なCCD検出器の場合、このグラフよりもさらに悪い結果になります。つまり、微弱光を測定するには高感度かつ低ノイズな検出器が必須であることがわかります。

1-2.冷却による暗電流(ダークノイズ)の低減

暗電流(ダークノイズ)はCCDの熱が原因です。そのため、CCDを冷却することで暗電流を抑えることができます。 これまで、極微弱光測定の場合は液体窒素冷却のCCDが使用されていましたが、現在では一部の用途を除いてペルチェ冷却が主流になっており、Andor Technology社の冷却CCD検出器も電子冷却型を採用しています。強い冷却性能を達成するために、Andor社の冷却CCDは図のようにCCDの背面にペルチェ素子が3段または4段取り付けられています。ペルチェ素子によってセンサーから取り除いた熱は、内蔵ファンによる空冷で放熱します。また、より低い温度にまで冷却をする必要かある場合は、チラー(冷却機)を使用した水冷方式で放熱します。この構造によって、Andor Technology社の冷却CCD検出器は、最大でマイナス100℃まで冷却することが可能です。また、CCD周りは、結露しないように真空になっているため、結露の心配なく冷却できます。

一般的に、センサー温度を10度下げると暗電流は半分程度になると言われています。CCD温度と暗電流の関係は下図のようになります。例えば、前面照射型のCCDの場合、0℃で10electron/pix/secの暗電流、つまり1画素、1秒あたり10エレクトロンの暗電流が発生しますが、-80℃まで冷却すると0.001electron/pix/sec以下になります。つまり暗電流を一万分の一以下にまで減少することができます。-80℃で使用すれば、1000秒の長時間露光でも理論上1エレクトロンのノイズが発生するだけなので、暗電流を事実上無視することができます。

一方、センサー温度を下げると、量子効率は低下してしまう弊害があります。特に近赤外で量子効率が低下するため、長時間露光をしない場合は最低温度まで冷却しないことでSNの改善がみられる場合があります。Andor Technology社の冷却CCD検出器は、ソフトウェア上から簡単に温度を設定することができるため、暗電流、量子効率および安定性を考慮した温度設定が可能です。

1-3.前面照射型と背面照射(裏面照射)型CCDの違い

CCD検出器を選定するにあたって、測定波長に対して最適な量子効率(QE)を持つCCDを選択する必要があります。すでに述べたように、量子効率は入射フォトン数に対する、発生した電子の数の比を指します。

CCDには、大きく分けて前面照射型CCDと、背面照射(裏面照射)型CCDがあります。多くの場合、前面照射型CCDが使われていますが、微弱光を測定する場合は、より量子効率の高い背面照射型CCDを使用します。

前面照射型(FI)CCD

前面照射型CCD(Front Illuminated) CCDは、下図のようにシリコン基板上に多数の電極を並べた構造になってます。入射光を受光するため、電極に正電圧を印加します。すると電極付近に電子や正孔がほとんどない空乏領域が現れます。空乏領域の厚さは数ミクロンから100ミクロン程度と言われています。この空乏領域に光を照射すると、光電変換によって電子・正孔対が生じますが、電子は電極に引き寄せられます。そして、電極電圧をコントロールすることで、画素間で電荷を転送します。 前面照射型CCDとは、電極側から光を入射するタイプのCCDを指します。入射光は電極間の隙間を通るか、透明電極の場合は電極を透過して空乏領域に到達し、吸収されます。前面照射型CCDは、入射光が電極によって遮られてしまうため量子効率はあまり高くありません。

背面射型(裏面照射型)(BI)CCD

一方、背面照射(裏面照射)型(Back Illuminated) CCDは、光を電極側からではなく、背面から入射して使用します。光が空乏領域まで到達するように、シリコン基板は10μm程度(CCDによって異なります)の厚さまで研磨されています。 背面照射型CCDは、入射光が電極によって妨げられないため、高い量子効率が得られます。また、シリコン基板上に各種のAR(反射防止)コーティングを施すことで、より高い量子効率が得られます。

下図は前面照射型CCD(FI型)と背面照射型CCD(BV型)の量子効率を比較したグラフですが、背面照射型CCDの量子効率は非常に高く、微弱光測定に適したCCDであることがわかります。

量子効率を向上するために工夫されたCCD

UV型 前面照射CCD

UV型CCDは、前面照射型CCD(FI)と構造は同じですが、電極部にフォスファーコーティングを施すことでUV領域における量子効率が向上しています。これは、UV光がフォスファー(蛍光体)に照射されると別の波長の蛍光が得られるためです。

OE型 前面照射CCD

OE型(Open Electrode) CCDは前面照射型CCDの一つですが、電極の一部に開口部を設けることで電極による量子効率の低下を軽減しています。開口部によってUV領域にも感度を有します。

以上、前面照射型CCDにはFI、UV、OEの3種類があります。これらCCDの量子効率は下図のようになります。OE型は広い波長範囲で感度を有しているため、汎用性の高いCCDであると言えます。

BR-DD型 背面照射(裏面照射)CCD

CCD基板に使用されているシリコンは、近赤外で吸収率が低下する(透過率が高くなる)ため量子効率が低くなります。例えば、波長1000nmでは、光はシリコン中を約100μmの深さまで浸透します。 BR-DD型(Deep Depletion) CCDは裏面照射型CCDの一つですが、シリコン基板を通常よりも厚くすることで近赤外の量子効率が向上しています。ただし、通常の裏面照射型CCDに比べると暗電流が高くなります。

BEX2-DD型 背面照射(裏面照射)CCD

BEX2-DD型CCDは、BR-DDにコーティングを施した新しいセンサーです。従来のBR-DD型は紫外(約300nm)から可視域のQEがあまり高くなかったのに対して、BEX2-DD型は広波長範囲にわたって高QEを実現しています。その他の特徴はBR-DD型と同じです。

以上、裏面照射型CCDには、反射防止コーティングごとにBV、BU、BU2型、また、BV型素子にフォスファーコーティングを施したUVB型、近赤外の感度が高いBR-DD型、BEX2-DD型の6種類があります。これらCCDの量子効率は下図のようになります。

1-4.読み出しノイズ

読み出しノイズ(Read Out Noise)は、電荷を読み出す際に発生するランダムノイズで、読み出し速度を早くすると増加します。例えば、Andor Technology社の冷却CCD検出器「Newton」の場合、読み出しノイズの典型値は下記のようになっています。

読み出しノイズ

読み出し速度 読み出しノイズ
50kHz 2.8e-
1MHz 6.7e-
2.5Hz 8.5e-

読み出し速度を遅くすることで、読み出しノイズが低くなることがわかります。そのため、微弱光測定の場合は可能な限り読み出し速度を遅くする必要があります。読み出し速度ごとのSN比を下図で比較すると、最も遅い50kHzの読み出し速度において、最もSN良く測定できることがわかります。

下図は、実際に測定をした結果ですが、2.5MHzで読み出すと微弱光信号はノイズに埋もれてしまいます。一方、50kHzで読み出すと、信号がノイズよりも十分に大きく、2.5MHzと比べてSN良く測定できていることがわかります。

1-5.ダイナミックレンジ

ダイナミックレンジとは、信号の識別能力を最小値と最大値の比率で表した数値です。つまり、ダイナミックレンジが大きいほど、最も明るい箇所と暗い箇所を判別できることになります。CCDのダイナミックレンジは、次式のように各画素が溜めておくことができる電子数(=量子井戸)と、読み出しノイズから算出することができます。つまり、高ダイナミックレンジを実現するには、量子井戸が大きくかつ読み出しノイズが低いことが条件になります。一般に、量子井戸のサイズは画素サイズで決まるため、画素の大きなCCDほど有利になります。

例えば、画素サイズが26μmのCCDの場合、1画素あたり500ke-の電荷を蓄積できます。読み出しノイズが4e-とすると、12万5千階調のダイナミックレンジが得られます。また、転送部の量子井戸は1000ke-なので、2つの画素を合わせて読み出すと25万階調になります。つまり、CCD自体は非常に大きいダイナミックレンジをもっていることがわかります。 一方、電荷を数値化するADコンバーターのダイナミックレンジは16ビット、つまり65536階調しかありません。そのため、各画素が持つ、大きなダイナミックレンジはADコンバーターで制限されてしまいます。

そこで、CCDの画素が持つダイナミックレンジを活かすために、プリアンプゲインを調整します。プリアンプゲインによって、ADコンバーターの感度を調整することができます。下図を例にして説明すると、まずゲインを高くすると、ADコンバーターの1階調(1カウント)は2e-のわずかな光量変化を識別することができます。しかし、飽和電荷量(読み出すことができる最大電荷量。=感度×16ビット)は小さくなり、1画素が持つ量子井戸(500ke-)は十分には活かされません。そのため、微弱光を測定する場合に使用します。 一方、ゲインを低くすると1カウントあたりの電荷は8e-や16e-になります。そのため、数エレクトロンの微弱な信号変化は測定できません。しかし、飽和電荷量は大きくなり、各画素または転送部の量子井戸と同等になり、その結果、CCDの量子井戸を十分に活かすことができます。また、相対的に暗電流や読み出しノイズなどのノイズ量が低下し、高いSNが得られます。

1-6.背面照射型CCDのフリンジ

近赤外の波長域で背面照射(裏面照射)型CCDをする場合、フリンジの影響を考慮する必要があります。これは、シリコンの吸収率と背面照射型CCDの基板の薄さが原因です。UV光や可視光ではシリコンの吸収率が高いため、シリコン表層で吸収されます。しかし、近赤外では吸収率が低いため、下図のように多重反射を起こします。その結果、干渉縞が現れます(エタロン効果)。

実際に赤外光を背面照射型CCDで測定すると、下図のように縞模様が発生してしまいます。

下図はAndor Technology社のCCD検出器ごとのフリンジ影響の比較です。背面照射型CCD(BV)は最もフリンジが多く発生することがわかります。 また、フリンジを軽減したBV型検出器は、フリンジが半分以下に抑えられています。この素子は、シリコン基板表面をごくわずかに荒くすることで多重反射を軽減しています。 前面照射型CCD(OE)は、裏面照射型とは異なりフリンジが問題になることはありません。

また、裏面照射型のBR-DD型はフリンジをかなり低く抑えています(下図)。そのため、近赤外光の測定をする場合は、量子効率が高くフリンジが低く抑えられたBR-DD型CCDが適しています。