Andor製品技術資料

3:EMCCD検出器

このページでは、Andor製品の微弱光測定に必要な暗電流や量子効率、読み出しノイズなどについてご説明いたします。

3-1.EMCCDとは

EMCCD特長

  • ・高繰り返し測定において、最も感度の高いCCD検出器である。
  • ・ICCDのような空間分解能の低下がない。

EMCCDは、Electron Multiplying CCDの略で、CCDの読み出し部に電子増倍の機能が付加されたCCD検出器で、微弱光を高SNで測定するために使用されています。
微弱光を高SNで測定するためには、CCD検出器の項目で説明した通り、低暗電流、高量子効率、低読み出しノイズである必要があります。ここで読み出しノイズに注目すると、通常のCCD検出器では、読み出し速度を遅くすることで低ノイズ化を実現しています。しかし、読み出し速度が遅いとフレームレートも遅くなり、微弱光の動的な変化を測定することが困難です。

一方、EMCCDは微弱光を高速な読み出し速度で測定するのに適したカメラで、検出信号を増倍レジスターで増幅することで高速な微弱光測定を可能にしています。

EMCCDは、下図のように通常の水平転送部の他に、ゲインレジスター(転送部)が設けられています。増倍しない通常の読み出しモードの場合は、電荷を灰色の矢印方向に順次転送して読み出します。一方、EMモードを選択すると電荷は赤色で示されたゲインレジスターを通ります。このとき、電荷が増幅されるため、SNの良い測定結果が得られます。

さらに詳しく説明すると、ゲインレジスター内で電子を転送する際に、電極の一つに通常の水平転送部(レジスター)よりも高い25~50Vの電圧が印加します。この高電圧によって電子を加速し、電子-正孔対を発生させます。これをインパクトイオナイゼーション効果と言います。この現象が発生する確立はわずか1%程度ですが、数百段の増倍によって数百倍の増倍率を得ることができます。なお、この増倍率はEMCCDの冷却温度に依存します。一般的に、冷却温度が低くなると増倍率が高くなります。

EMCCDの増倍によって、微弱光のSN比が大きく向上します。これは、信号を増幅すると、読み出しノイズよりも十分に大きな信号強度になるため、読み出しノイズが相対的に1以下になるためです。つまり、読み出しノイズを事実上無視することができます。そのため、高速な読み出し速度で生じる大きな読み出しノイズを無視することができ、結果として高速な微弱光測定が可能になります。

3-2.EMCCDのノイズ要因

電子増倍によって読み出しノイズを相対的に1以下にすることができます。一方、暗電流は信号と共に増幅されるため、暗電流は除去できません。また、電子増倍によってノイズファクターとCICノイズ(Clock Induced Charge)が新たに問題になります。

以下に、暗電流、ノイズファクターとCICノイズの概要と、CCDと比較してどの程度SNが向上するかを説明します。

暗電流

暗電流は通常のCCDでも問題になりますが、EMCCDにおいても大きな問題になります。下図はEMゲインを高くして測定した一例ですが、CCDを冷却することで、スパイク状に現れる暗電流が軽減されることがわかります。これは、暗電流が増幅されてスパイクノイズとして見えているためです。また、赤線の囲み部分に注目すると、冷却によって微小なノイズも除去されています。この状態で1エレクトロンの信号を検出すると、スパイク状の信号として測定することが可能になります。

ノイズファクター

ノイズファクターは、信号増幅時に発生するノイズで、上記の式のように、出力信号と入力信号の増倍の比で表します。もし増倍時に起因するノイズが存在しない場合、増倍された入力信号と出力信号は同じになるため、ノイズファクターは1になります。しかし、実際には増倍時にノイズが付加されてしまうため、ノイズファクターは1以上の値になります。EMCCDの場合、ノイズファクターは1.41程度です。上記の式を見ると、ショットノイズ(D_QE・P)と暗電流(N_dark)、後述するCICノイズ(N_CIC)に対して、ノイズファクター(F)が掛かっていることがわかります。

CICノイズ

CICノイズはEMCCDに限らず、あらゆるCCDで発生しています。EMCCDの電子増倍は電子転送時のインパクトイオナイゼーション効果を利用したものですが、通常の電荷転送時にもごくわずかにインパクトイオナイゼーション効果が発生し、ノイズとなっています。これをCICノイズと言います。しかし、低ノイズなCCDではCICノイズは非常に小さく、通常の使用では読み出しノイズや暗電流に埋もれているため見ることができません。ところが、EMCCDの場合は、この微弱なCICノイズも増幅されるため、SN低下の原因になります。
CICノイズは垂直転送速度に依存します。垂直転送速度が遅いとCICノイズが多く発生しますが、垂直転送速度を早くすることでCICノイズを抑えることができます。

なお、垂直転送速を早くすると、電子の転送能力が低下して正しい測定ができなくなる場合があります。その場合は、転送電圧を上げて対処しますが、その分CICノイズは増加します。そのため、垂直転送速度と転送電圧は測定内容に合わせて最適な数値に設定する必要があります。Andor Technology社のEMCCDは、あらかじめいくつかのパラメーターを持っているので、その中から適時最適な設定にします。

3-3EMCCDによるSN比の向上

EMCCDにおけるSN比は、信号の電子増倍によって大きく向上しますが、前述したようにノイズファクターやCICノイズがノイズ要因に加わります。

実際、通常のCCDとどの程度SNに違いがでるのかを、上記の式を使用して、高繰り返しで測定する場合、つまり読み出し速度を早くした場合のシミュレーションした一例を下図のグラフに示します。黒線(IDEAL)は理想的な検出器におけるSN比を表しています。
まずCCDのSN比(赤線)を見ると、入力フォトン数が小さいとどの検出器よりもSNが低いことがわかります。しかし、フォトン数が多くなると理想値に近づきます。つまり、測定光の光量がある程度あれば最もSN比の良い測定ができることがわかります。一方、EMCCDは数十~数百フォトンの微弱光測定時にCCDよりも高いSN比が得られることがわかります。つまり、入力する信号強度によって、通常のCCDモードとEMモードを切り換えて最適な測定をする必要があります。Andor Technology社のEMCCDにはEMモードとは別に通常の読み出しモードを備えており、ソフトウェアから簡単に切り換えることができるため、EMCCDがベストな選択になります。

実際にEMCCDを使用して微弱光の分光測定をした結果を下図に示します。微弱光を高速に読み出す場合、EMモードを使用すると輝線がSN良く測定できていますが、通常のCCDモード(Conventionalモード)で高速に読み出すと輝線はほとんど検出することができません。一方、Conventionalモードで低速読み出しで測定すると、輝線がSN良く測定できますが、EMモードと同等か、若干悪いSN比になっています。
もちろん、この結果はあくまで一例であって、測定光の強度によって結果は変わります。しかし、微弱光測定でEMCCDを使用すると、高速読み出しで低速読み出しと同等か、それ以上の高いSN比が得られることがわかります。

EMCCDとCCDの測定結果比較

また、下図はEMゲインを変えながらSN比を測定した一例ですが、EMゲインは100倍強で十分に高いSN比が得られていることがわかります。また、垂直転送速度をできるだけ早く設定してCICノイズを抑える必要があることがわかります。

EMゲインとSN比の測定例

以上のことから、EMCCDと通常のCCDの特長をまとめると、下記のようになります。

・EMCCDは「極微弱光の高速・高繰り返し測定」に最も適した超高感度な検出器である。
・ペルチェ冷却型CCDは、多くの微弱光測定に有効な標準機であり、
EMCCDは測定に応じて使い分けが可能な、「1台2役の検出器」である。

3-4.EMCCDのダイナミックレンジ

検出器のダイナミックレンジは、下記の式で表すことができます。EMCCDは増倍によって読み出しノイズが相対的に1以下になることを利用しています。そのため、下記の式に当てはめれば、ゲインを高くするほどダイナミックレンジは高くなることになります。しかし、実際にはそのようにはなりません。その理由は、一つは、大きな増倍をかけても、読み出しノイズは1以下になることはありません。また、以下に説明するようにEMCCDの量子井戸サイズとEMゲインの制限があります。

例として、分光用EMCCD「Newton DU970N」型を取り上げます。DU970Nの量子井戸は、受光部が15万e-、通常のレジスター(Conventional)部が30万e-、EMゲインレジスター部が130万e-です。EMレジスター部の量子井戸が非常に大きいのは、電子増倍による電子の増加を許容できるだけの量子井戸が必要なためです。

ここで、EMCCDの1画素あたりのダイナミックレンジを計算します。このとき、量子井戸サイズはゲインレジスターではなく、受光部の量子井戸で計算する必要があります。なぜなら、ゲインレジスター部は信号を増幅する箇所であって、元々のダイナミックレンジ、すなわち受光部の量子井戸の大きさがCCD本来のダイナミックレンジになります。
また、信号をゲインレジスターで一定以上増幅すると、ゲインレジスター部で飽和してしまいます。例の場合、130万/15万=9.6倍以上のゲインをかけると受光部で蓄積された電荷がゲインレジスターで飽和します。例えば、ゲインを20倍にした場合、受光部で蓄積できる電子は130万/20=6.5万e-になります。これ以上電子を蓄積しても、ゲインレジスターで飽和してしまいます。つまり、受光できる量子井戸のサイズは6.5万e-に制限されます。

上記の事を考慮して、EMゲインとダイナミックレンジの関係を計算した結果を下図に示します。ゲインをかけると、まず相対的な読み出しノイズが減少し、ダイナミックレンジが大きくなります。さらに増幅すると読み出しノイズは1になり、このときダイナミックレンジは最大になります。さらに増幅すると、増幅による電子の飽和が制限となって量子井戸のサイズが小さくなり、ダイナミックレンジは低下します。つまり、EMCCDを高ダイナミックレンジで使用する場合は、数十倍の増倍率で使用することが望ましいことがわかります。

3-5.EMCCDのエージング効果

EMCCDの電子増倍は、使用するにしたがって増倍率が徐々に減少する経時劣化があることが知られています。その原因の詳細は不明ですが、電子がEMゲインレジスターを通る際に、高電場によって加速された電子が、電極とシリコンの間の絶縁体部分に閉じ込められ、この電子の影響で電界が変動し、結果として増倍率が低下すると推測されています。

増倍率の経時劣化を抑えるためには、必要以上に高いゲインを設定せず、使用しないときは入射光を弱くすることが必要です。前述したように、むやみに高いゲインはSN比やダイナミックレンジの低下を招くため、適切なゲインで使用することが重要です。